茨城県・牛久市・得月院

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【 概 要 】−得月院の創建は慶長元年(1596)に牛久城主由良国繁の母妙印尼が開基、大拙斎芸によって開山されました。妙印尼は戦国時代を代表する女性の一人で、天正12年(1584)に当時の金山城(群馬県太田市)の城主だった国繁が北条家によって拘束され不在の中、金山城に立て籠もり籠城戦の先頭に立って指揮し北条軍の撃退に成功しています。天正18年(1590)の豊臣秀吉による小田原攻めの際には、豊臣家に与する事を確約していたものの、またしても国繁が北条家によって小田原城内に拘束され動きが取れないなか、妙印尼も幼少だった国繁の嫡男を由良軍の総大将に担ぎ上げ豊臣方に協力し由良家存続が許されました。境内には妙印尼の墓碑である五輪塔(牛久市指定:文禄3年の銘)や近代日本画の巨匠小川芋銭の墓碑、推定樹齢450〜500年、幹周り500p、樹高20mの榧(牛久市指定天然記念物:樹下石人談のモチーフ)などがあります。又、境内は牛久城内にあった為、土塁などの城郭の遺構も散見出来ます。
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