茨城県・筑西市小栗・内外大神宮

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筑西市小栗・内外大神宮
【 概 要 】−小栗内外大神宮は伊勢神宮内宮(三重県伊勢市)と伊勢神宮外宮(三重県伊勢市)の祭神を祭る神社です。小栗内外大神宮が何時頃から信仰されたのかは判りませんが、継体天皇の時代に創建されたとの説があり、それが正しければ継体天皇の在位が507〜531年なので古墳時代末期頃という事になります。平安時代になると本格的な社殿が建築され、その後は小栗内外大神宮の背後の高台に築かれた小栗城の城主小栗氏の崇敬社として篤く庇護されました。小栗氏は平将門の従兄弟である平貞盛の甥で養子の平維幹を祖とする氏族で、平維幹の後裔が役職に因み大掾氏を名乗るようになり有力一族である吉田氏・豊田氏・行方氏・鹿島氏・真壁氏・東条氏・下妻氏・小栗氏の8家を輩出しています。その後は主家である大掾氏に従い長く当地を支配し小栗内外大神宮を奉斎してきましたが、室町時代に入ると鎌倉公方・足利持氏に反旗を挙げ応永23年(1416)の上杉禅秀の乱でも上杉禅秀方に与し、応永30年(1426)には小栗満重が自ら反乱を起こし小栗満重の乱を発生させ敗北しています。その後、小栗助重が結城合戦の活躍などで勢力を回復しましたが享徳4年(1455)に足利成氏の侵攻を受け小栗城は落城し小栗氏は没落、この小栗助重が説経節や浄瑠璃、歌舞伎など多くの題材となった「小栗の判官」のモデルになった人物とされます。小栗内外大神宮は庇護者である小栗氏の没落と兵火で焼失しましたが篤い信仰を受けて再建されています。内宮本殿・外宮本殿・御遷殿の3棟は国指定重要文化財、小栗内外大神宮太々神楽は茨城県指定無形民俗文化財に指定されています。
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